vol.60 2004年 10月20日  『ゆったり暮らせば』 第32回

産経新聞 平成15年(2003年)11月13日 木曜日 12版 22頁
ゆったり暮らせば 第32回
〜土いじりの豊かさ〜
汗を流す爽快感を多くの人に


「お米づくり」という言葉には、魔法のような魅力があります。以前、静岡県にIターンした友人のKさんから、「これ、無農薬で作ったんだ」と五百グラムほどの新米を頂いたことがありました。主食を生み出してしまうことにガーン。その夫婦の輝いていたこと! そしていい笑顔だったこと! 採れた野菜を分ける時の自分の顔も同じかもしれませんが、「作りびと」は、なぜかおすそ分けしたくなる「与えびと」になります。

 それはお米づくりの時にさらに進化し、とにかく作業を一緒にやりたくなりました。人手があると大助かりというのもありますが、あの何とも言えない時間の流れや水や土の感触を、一人でも多くの人に味わってほしかったのです。たぶん里山が身近にあった昔は誰もが触れた世界でしょうが、今はあえて触らなければ、一生知らずに過ぎてしまいます。自然相手の肉体労働ゆえ、大変なことはたーくさん。それでも土いじりの”豊かさ”は、何にも代え難い気がします。何しろ汗を流すことは単純に気持ちよく、そこに広がる光景を見て感動することはしょっちゅうです。

 一仕事を終えてあぜで小休止。稲の葉のジャングルを抜けて来た涼風が、ほおに当たってひんやり。稲に張ったクモの巣は光で輝き、飛び交うトンボの下の水では、数え切れない小さな命がうごめき、その横ではカモたちがびよーんと足を伸ばしてくつろぎ、せっせと毛繕い。水と土に触れているだけで、自分の五感が全開になるのが分かります。”生きている実感”は、この三・三反が完璧に循環していることから来る安堵感でしょうか。ここにいるだけで、自然環境、人の住まい方、果ては地球の”今”まで、繋がっている別の世界のことも容易に想像できてしまいます。田んぼ仙人・・・?

 でも、私はうじゃうじゃ言わないで、叫びました。「とにかく来たらー!!」。平成十三(二〇〇一)年六月三日、呼びかけに反応してくれたのは、ご近所さん、仕事関係者、ラリー仲間、HPを見て初めて会った人などなど約百人。東京や関西方面からもたくさん、そしてほとんどの人が家族連れでした。ある参加者が言います。「いやあ、ウチの子供に『お米はどこから来ると思う?』って聞いたら、『台所の流しの下』って言うんで、慌ててきたんだ」。病気で療養中の仲間は、つかの間のご褒美として。フランス人の友は日本の伝統を知りたくて。でも一番多かったのは、単純に「ナンダカ面白そうだから」。 昼時には地元の町おこし「やきそば学会」のメンバーもやって来て、大ブームとなった「富士宮やきそば」を振る舞ってくれました。ギターの音が響き、田んぼの神さまもびっくりの賑やかなミーティングとなりました。

日の出と共に網を巡らした「レイコたんぼ」でアイガモの世話をする山村さん=平成14年6月、静岡県富士宮市下条宮

 
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