vol.38 2003年 8月 2日  『ゆったり暮らせば』 第10回
産経新聞 平成15年(2003年)6月5日 木曜日 12版 20頁
ゆったり暮らせば 第10回
〜”犬柄”最高!「きゅう」〜
予言通り現れた、愛される存在


 引っ越してすぐに出会ったワンちゃんとの生活はとても愉快でした。ひょうきんであり、哲学者であり、私にとってその犬柄(?)は最上級。名前は「きゅう」に即決! 九月にやって来たからです。
 とにかく、それまで別の人生を歩んできたのですから、互いを知ることから始まります。まず”車好き”と分かって、ほっ。これは移動の多い私たちにとって、重要なことでした。そして、推定二歳と思っていましたが、歯を診ると五歳は軽くいってます。足が悪いのはリウマチか?
 面白かったのは、初めて家に連れて行ったときのこと。車から降りて、あちこちニオイをかいでいたかと思うと、顔をあげることなく、そのままダーッと草原のかなたに消えてしまいました。「猟犬みたい〜っ」と感心している場合ではありません。「逃げた?」。予期しなかった彼の行動に、がっくり。そこで初めて気が付いたのです。「こちらに飼う意志があっても、主人と認めるかどうかはあちらの意志」ということに。
 その日は水道と電気が初めて通った感動の日であり、母屋の壁をペンキで塗り、内装解体工事が山場を迎えた忙しい日でした。翌日やってくるトレーラーハウスの設置を考えながらも、心の何処かでずっと「きゅう」のことを考えていました。尻尾を振りながら彼が戻って来たのは、夕方でした。テリトリーのチェックをしていたのでしょうか。それとも、牧草の影から二人の様子を見ていたのでしょうか。彼のちぎれんばかりに振られた尻尾の様子から、ここが気に入ったこと、そして二人がめでたく認められたことを確信しました。
 飼ってあげる、なんて思っていた自分が恥ずかしィ。「これから楽しく暮らしていこうや」と抱きしめました。
 最初彼は、家の中にはまったく入りませんでした(でも、すっごく入りたそう)。何気なく「ハウス!」と言ったら、尻尾を丸めてぴゅーっと小屋に入ってしまいます(すっごく寂しそう)。きっと厳しく育てられていたのでしょう。そして子供は大嫌いなのに、お年寄りにはうっとり。反応の数々から彼の過去を探り、物語を創るのは、とても面白い作業でした。
 実は引っ越しの半年ほど前に、不思議なことがありました。広島で行われた講演会の最後を、私はこんな言葉で締めくくったのです。「子供は欲しいので、産んだ後にまたラリーを再開したいと思っているんです」。講演を聴いていた自称占い師という女性が楽屋に現れたのは、その直後。そして「あなた、できるわよ。来年の九月。」それだけを告げると、すーっと去って行ったのです。きつねにつままれたようでしたが、素直に信じて「やっほ〜っ」。けれどそれからは家探しの旅で、そんなことを思いだす余裕もありません。気が付いたら改築も落ち着いた十月でした。子供いないじゃない・・・と思う私を、愛くるしい目で見上げる「きゅう」がいました。占い師には、愛される存在として、小さな魂が見えていたのでしょうか。
晴れて家族の一員となったきゅうちゃんとトレーラーハウスのベランダで仲良くツーショット=平成7年10月 静岡県富士宮市  
 


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