vol.37 2003年 6月30日  『ゆったり暮らせば』 第9回
産経新聞 平成15年(2003年)5月29日 木曜日 12版 22頁
ゆったり暮らせば 第9回
〜20年ぶりの愛犬〜
キャンプ場で「ウチの子だよ」


「引っ越して落ち着いたら、柴犬を飼おう」が二人の合言葉でした。子供のころから動物関係の仕事がしたかったものの、東京で猫すらキチンと育てられなかった私は、とにかく大自然の中で動物優先の暮らしを夢見ていました。が、それは予定よりずっと早く、移住四日目にしてやってきました。
 平成七(一九九五)年九月。改築中の宿を提供してくださった西冨士のオートキャンプ場で、引っ越し祝いの会が行われました。家探しの時からあれこれ話しを聞いてくださった地元の人やお客さんなど約十人が、食材を持ち寄って集まってくれたのです。広場のあずまやの壁には、ポスターの裏に書かれた「山村様ご夫妻 朝霧高原ご入植祝パーティー Welcome!!」の文字。生ビールを飲みながら、「入植」の二文字にじ〜んとし、仲間の暖かさに浸りました。
 その時、いつも愛犬とキャンプに来る常連のKさんが、やってきました。「どうかしら、うん、性格はおとなしいわよ」。知り合いに電話を掛けまくっています。どうやらそこに捨てられた犬の飼い主を探しているようです。信じられないのですが、キャンプ場は人が集まるから誰かもらってくれるだろうという安直な考えで、犬猫を捨てていく人が絶えないとのこと。オーナーも困り果てています。仲人経験豊かなKさんも、今回は全くダメだったと落胆しきっています。「明日、保健所に持って行くんだって」。
 太いロープにつながれたその小さな雄犬は、おどおどと震えていました。迷ったのか捨てられたのか分かりませんが、首輪はなく、身体は接着剤のようなものでベトベトしています。耳は垂れ、毛は黒と茶が入り交じったイノシシカラー。ビーグルとシュナウザーと和犬が混じったような不思議な風貌ですが、後ろ姿は鹿、顔は猿に見え、とってもユニークです。そして歩けないわけではありませんが、右の後ろ足はひきずっていました。推定2歳の猟犬? 初めに「よしっ」と綱を握ったのは元夫でした。そして場内を散歩して戻ってくるなり「気に入った!」。私も観察すべく顔を近づけます。すると速攻で唇をペロッ!! しかもその恥ずかしそうなこと! 柴犬はどこかへ吹っ飛び、飼うことを決心しました。仲間は大喜びです。それにしても、ちゃんと付いてくるし、お手もお座りもします。おどおどしているのは厳しく育てられた環境の所為に違いありません。「きっとけ飛ばされてたんじゃない?」がみんなの共通の意見でした。
「今日からウチの子だよ」と伝えると、彼は理解したようでした。宴を終え、宿のテントに戻ると、うれしそうについてきます。そしてそばの木につなぎました。が、今まで不安の塊だったのか、テントの灯りを消すと、クゥークゥークゥと鳴き始めます。出ていってなでて「大丈夫だよ」と言うと、鳴きやみ、また戻ると鳴き出します。三度ほど繰り返したころ、安心したのかやっと眠り始めました。愛犬を二十年ぶりに持つ私は、うれしくて眠れなかったのですが・・・♪
引っ越し4日目にふらっと現れるという運命的な出合いで、新たな生活をともにすることになった愛犬のきゅうちゃん=平成7年10月  
 


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