vol.36 2003年 6月28日  『ゆったり暮らせば』 第8回
産経新聞 平成15年(2003年)5月22日 木曜日 12版 20頁
ゆったり暮らせば 第8回
〜新居で自然の洗礼〜
大変! ゴミ焼きの火が雑草に


 母親ゆずりでしょうか、私は大の掃除好き。ゴミを見ると、がくぜんとするよりも片付けに燃える性格なので、開拓作業は楽しくて仕方ありませんでした。
 けれど、楽勝とはいきません。母屋のガレージには、長年の土ぼこりが五センチほどたまっていました。掃いているだけで、腰に激痛が走ります。真ん中の集会室は、ガラスがなかったので鳥のふんだらけ。ここには足長クモの大群が住んでおり、除けようとすると十センチほどのボスらしき大物が、左右に揺れながら威嚇してきました。すごい勇気です。でも、こちらも必死なので、全員表に出してしまいました。うーん、心痛し。
 さまざまな家族が住んでいたという2LDKの住居部分は、屋根が落ちて損傷がひどいため、柱、風呂場、床、壁材を壊してワンルームにすることにしました。解体のほこりは半端でなく、元夫の身体は木くずやネズミのふんや壁材にまみれ、果てはのどをやられてダウンすることに。
 さて千件の中から巡り合ったこの朝霧の酪農跡地ですが、住むにあたってまずやってきたもの、それはおおいなる自然の”洗礼”でした。二日目早朝、キャンプ場から新居に向かった私たちは、きれいに刈られた庭と手が入った母屋がうれしくてたまりません。さっそく庭の真ん中にゴミを集め、鼻歌混じりで燃やし始めました。机、木くず、大きな段ボールetc。そして大物を拾うため、二人がその場を離れたその時です。突然風が吹き始め、燃えた段ボールがごんろごんろと転がり始めたのです。「大変だあ!」全力で走れど間に合わず、まだ刈っていない雑草で止まった、と思う暇なく、勢いよく燃え始めました。全身総毛立ちます。二十メートル先には、キノコのコンポストを作っているお隣さんの牧草ロールが山積みになっていたからです。「たしかあれは高価なもの」「越した翌日に火事出しか?」頭の中で不吉な文字がぐるぐる回ります。元夫はまだ燃えていない雑草を刈ろうと刈り払い機を出しますが、なぜかエンジンが掛かりません。焦るものの、勢いよく扇状に広がっていく火の前では、足で踏んで押さえるのが精いっぱいでした。
「もう駄目だぁ」と思ったその時です。「何してる?」と酪農家のMさんがやってきました。瞬時にすべてを察し、乗ってきた小さなローダー(積み込み重機)でそのまま火に飛び込んでいきます。前部についたショベルで地面を押さえつけると、酸素が絶たれた火はぶすぶすと消えました。その作業を繰り返すこと数分。「消えたよ。一体ナ〜ニやってたんだ」。笑いながら言うMさんの背後には、後光が射していました。私の心臓はバクバク。感謝の嵐と恐怖の嵐が入り交じり涙が止まりませんが、それは火を軽んじていた自分を戒める涙でもありました。自然を知ること、強くなること。ここで生きていくことの条件の幾つかを痛感したとき、ふと自分のまつげや髪が燃えていたことにも気づきました。
どんな困難にもめげずに乗り越えていく山村さんのパワーは、世界の砂漠で鍛えられたもの  
 


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