vol.35 2003年 6月22日  『ゆったり暮らせば』 第7回
産経新聞 平成15年(2003年)5月15日 木曜日 12版 18頁
『ゆったり暮らせば』 第7回 〜いよいよ入居〜
まさに開拓、頭も体もフル回転


 かつて子牛の育成場だったわが家の大家さんは、酪農の開拓農協。未知の世界で暮らし始めるわれわれにとって、その開拓という言葉の響きはぴったりでした。組合員たちの許可を待つ間の一月、そして住み始めてからの一月は、さまざまな作業や手続きが怒濤のように押し寄せて、身体も頭もフル回転。まさに開拓です。まるで取りつかれたようによく動き回りました。
 七月末、東京のマンションを退出すると、家財道具一式(段ボール六箱)を持って、まずは元夫の実家に転がり込みました。そこで仕事をしつつ、今度はトレーラーハウス探しが始まります。既存の建物は「壊したら?」と地元の人が言うとおり、住むにはかなり難がありました。とはいえ早く住みたいし、改築のお金はないし、策はそれのみ。三日に一度は展示場へ行き、結局名古屋にあったアメリカ製の三十九フィート(約十二メートル)の1LDKを手に入れました。冷蔵庫も家具も付いているので、これさえあればすぐに生活することができます。かつてバスを改造して世界中を放浪したかった私には申し分のない家!
 そしていよいよ入居の平成七(一九九五)年九月六日がやってきました。早朝、まず敷地の真ん中にある切り株にお酒をかけて、自己流ですが「これからよろしく」と祈ります。そして鎌で草を刈り始めました。しかし敷地は千坪、遅々として進みません。酪農家のSさん夫婦が手伝いに来てくれましたが、私たちの手作業を見るやいなや、大きな牧草用草刈機を運んで来てくれました。一気にガガガーッと回ると、「あらまっ」。広い庭がぽっこりと現れました。
 同じ班の開拓一世、草刈り名人のMさんも来てくださり、どんどん片づきます。そしてどんどんゴミも出てきます。するとみんなが「埋(い)けちゃえ」と言いました。”埋ける”という言葉は生まれて初めて耳にしましたが、いろんな想像をしてしまい、ぞぞーっ。指示通りバックホー(パワーショベルのこと)で大きな穴を掘って埋めたものの、実はその後、とても後悔することになりました。
 畑作りやバイクで遊ぶ所を作ろうとすると、その度にゴミが掘り返され、再会するハメになったからです。まいた種は返ってくることを身をもって知り、以後わが家では埋蔵処理は禁止。庭で燃やすのも止め、車で三十分ほどの市の清掃センターに、すべて持ち込むことにしました。
 とにかく初日でかなりの作業が進みました。初めて電気と水道が通った時の嬉しさと言ったら!「お祝いだから」と、Sさんの奥さんが手作りのお赤飯を出してくれた時の感動と言ったら! 汗まみれのドロドロぐたぐたになって、寝床を提供してくれたキャンプ場のKさんの所に行くと、時はキャンプシーズン真っ盛り。家族連れでにぎわう場内を歩く私たちの姿は異様でしたが、なんだか笑みがこぼれました。それは今まで味わったことのない充実感でした。
「気分は開拓者」とばかりに敷地内の草刈りから”自分たちの城”作りを始めた山村さん(後方はトレーラーハウス)  
 


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